私たちの活動のゴールはどこにあるのか。
このことを考えるとき、私は「衆生無辺誓願度」という言葉を思い出す。
これは仏教修行をこころざす者が立てる四つの誓いの一つ。
すべての生きとし生けるものの苦しみを取り除こうという言葉。
そんなことできっこないのはわかっている。
テストの100点満点とは違う。
「衆生無辺誓願度」は、どれだけがんばっても、私たちにはたどりつけない。
ゴールではないゴール。
しかし、仏教徒である以上、それを目指して進むことが大切。
もしかしたら、おにぎりを配って「いいことした」と満足してしまうかもしれない。
でも、このゴールがあれば、満足しないでいられる。
たとえ、順調に配食ができても、おにぎりを渡すことができた百数十人の向こうに、今も寒さや空腹に耐えている数え切れない方々がいるということ、おにぎりを渡すことができたとしても、それはほんのひとさじの支援にしか過ぎないということを肝に銘じることができる気がする。
そして、このゴールは、私に私の無力を教えてくれる。
いくら汗を流しても、たどりつけっこない。
おにぎりを配っているこの日にも、日本のどこかで路上で亡くなる方がいるかもしれない。
そんな時、私は阿弥陀さまを思う。
私には何もできません、なにとぞ安らかな世界にその方を導いてください、今も苦しんでいる方々に手を差し伸べてください。
そう願わずにはいられない。
私たちはゴールではないゴールを目指して歩み続ける。
阿弥陀さまを念じながら。